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待つ時間にも、楽しみがある。

  • 執筆者の写真: ZENBEE
    ZENBEE
  • 1 時間前
  • 読了時間: 2分

子どもの頃は、


季節が来るのを待つことが楽しみでした。

夏休み。

初雪。

桜が咲く頃。

誕生日。

その日が近づくたびに、


少しだけ胸が高鳴っていた記憶があります。

待つ時間そのものも、


楽しみの一部だったように思います。


今はどうでしょう。

欲しいものは、


数回画面を触れば注文できます。

知りたいことは、


すぐに調べることができます。

便利になったことで、


待つ時間はずいぶん少なくなりました。

それはとてもありがたいことです。

その一方で、


「待つこと」ならではの楽しさに触れる機会も、


少し減ったのかもしれません。


自然は、


今日植えた種を、


明日咲かせることはできません。

雨の日もあれば、


晴れの日もあります。

暑い日も、


風の強い日もあります。

そのすべてを重ねながら、


少しずつ育っていきます。

遠回りに見える時間も、


振り返れば必要な時間だったことに気づきます。


ニホンミツバチも、


花が咲く季節を待ちながら暮らしています。

花が少ない日は、


無理をしません。

天候が変われば、


その日の過ごし方も変わります。

自然の流れに合わせながら、


一年という時間を積み重ねていきます。

その先にある一滴の蜂蜜には、


目には見えない時間が詰まっています。


暮らしの中にも、


待つ時間があります。

お米が炊き上がるまで。

お湯が沸くまで。

夕暮れになるまで。

どれもほんの短い時間ですが、


急がずに過ごすと、


不思議と心まで慌ただしさが少し和らぐことがあります。


待つことは、


何もしない時間ではありません。

季節が変わることに気づいたり、


空の色を眺めたり。

そんな小さな時間が、


毎日を少しだけ豊かにしてくれることがあります。


今日も、


どこかで花が咲き、


ミツバチが飛び、


季節が静かに進んでいます。

私たちが急いでいても、


自然はいつもの歩幅です。

その歩幅に少しだけ目を向けると、


見過ごしていた景色が、


ふと見えてくることがあります。



待つ時間があるからこそ、

季節の訪れは少しだけ嬉しく感じられるのかもしれません。

 
 
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